accommodation ltd logo

ソフトアプローチの著名な研究者による
SSM実践・応用の可能性についての期待

ソフトシステム思考の誕生と、高度デジタル化社会におけるその可能性
木嶋恭一東京工業大学名誉教授

高度デジタル化社会の中で、人間が本質的に関与する「厄介な(wicked)」社会的問題は大規模・複雑化し、その厄介さの程度はますます増大化している。

1960年代に人類を月に送り生還させる快挙を成し遂げたシステム工学などのいわゆるハードシステム思考が、社会的問題の改善・解決では必ずしもうまくいかなかった事実への反省から、ソフトシステム思考が生まれてきた。ハードシステム思考における、①システムの状態と目的を客観的に記述し、②その問題に関与する全員が納得できる共通の目的を設定し、③それを効率的に達成するという基本的なスタンスを問い直したのである。ソフトシステム思考は、厄介な社会的問題では問題関与者の価値観や信念や関心が多様であることを前提として、その改善・解決に取り組むアプローチである。

ソフトシステム思考の中でも、最も知られ最も用いられているのが、ソフトシステム方法論(SSM= Soft Systems Methodology)である。この方法論は、元々英国のチェックランド(Peter Checkland)が提唱したもので、様々な国・文化のもとでカスタマイズされ現在に至るまで日々進化・発展を続けている。

ソフトシステム方法論は、問題関与者が持つ世界観とその変化の可能性を理解するために、互いに異なる世界観を学習し、相互理解し、調整する学習プロセスを生み出すことをめざす。具体的には、関与者それぞれが認識する世界や環境に関する知覚をディベートや自由討論で互いに表明しすり合わせ、その過程で、自分とは異なる世界観を持った他者の立場・考え方を学習し理解しようとする。

ソフトシステム方法論は、この学習プロセスによって、異なった価値観や信念を持つことが多い問題関与者間で、一時的でも、様々な価値観が並立しながらそれぞれが他を受け入れている状況(アコモデーション)を達成しようとする。アコモデーションの状態では、さまざまな価値観が共存・共生した不安定の中での安定、つまり「多様な価値観の一時的な共存並立」が実現される。他者の価値観が自らのそれとは違っていることを認め、発想を固定化しない多様な価値観が共存することにより、ここから、「ともに事に当たろう」という「改革への気構え」が創り出されるのである。

アコモデーションは、利害や価値観が一点に収束しているという意味での合意(コンセンサス)達成の状況とは異なる。合意が合理性・最適性をもって追求されるのに対して、アコモデーションは徹底的な議論・ディベートを踏まえた相互学習・相互理解により探索されるのである。

ソフトシステム方法論は、単なる技法という側面を超えて、一つの思想体系として確立しており、今日、ロジカルシンキング、デザイン思考、サービス・デザイン思考、デザイン・システム思考など様々な名称で提唱されている問題解決・改善の方法に共通の基盤となっている。まず、社会、組織を人間活動システムとしてとらえ、その構成要素間の相互作用から生じる創発特性に注目するホリスティック(全体論的)アプローチは共通の基本的前提である。さらには、「理解・評価・行為のための終わりのない参加型アプローチ」は共通の基本的態度となっている。実際、例えば、デザイン思考は、問題関与者がなぜそうするのか、”Why”を理解するために、行動観察と「調査」を基本とする参加型フィールドリサーチの形をとる。そこから背景にある物語を見つけ出し、それに「意味付与」を行い評価しさまざまな仮定を立てる。そして、得た洞察を基に、求められているものが何かを導き、「コンセプトづくり」を経て、実際の「デザイン」を行う。以上のステップは1回限りではない循環的な進化型のプロセスとして行われ、関与者間に共感(理解)と革新(デザイン)をもたらそうとする。

以上述べたとおり、組織にどういう変化をもたらすことが可能かを知るためその組織の文化と人間関係を探り、行動方針について関与者の気構え・共感・コミットメントを獲得しようとするソフトシステム方法論は、まさしくVUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)で特徴付けられる高度デジタル化社会が求める問題改善・解決の柔軟で自由度が高い方法論なのである。

木嶋恭一

プロフィール

東京工業大学名誉教授、大東文化大学特任教授、インドネシア国立バンドン工科大学ビジネススクール特別招聘教授、

一般社団法人経営情報学会元会長、Past-President, The International Society for the Systems Sciences (ISSS)

1985-86 英国ランカスター大学チェックランド教授の下で文科省派遣在外研究

専攻:社会システム工学、システム科学、システムマネジメント

学位:東京工業大学大学院理工学研究科経営工学専攻博士課程修了、工学博士

最近の主な著書・論文:

ソフトシステム方法論の思考と実践(共訳), パンローリング株式会社, 2020

Systemic Design Theory, Methods, and Practice (Eds.), Springer, 2019

経営情報学入門 (共編著), 放送大学教育振興会, 2019

Copyright (C) 2020 All Right reserved ACCOMMODATION. Co., Ltd.

Copyright (C) 2020 All Right reserved
ACCOMMODATION. Co., Ltd.